August 01,2016 張齡云「帝王の空間:唐太宗の「帝京篇十首 并序」をめぐって」を読む

張齡云先生の論文「帝王の空間:唐太宗の「帝京篇十首 并序」をめぐって」を読みました

CiNii 論文 –  帝王の空間 : 唐太宗の「帝京篇十首 并序」をめぐって
面白いなー
李世民はあまり自分の感情を詩にせず情景描写を重んじている印象があったのですが、
(李世民の詩作についての考察は、矢淵孝良「隋の煬帝と唐の太宗: 詩作にみる個性の相違」(『金沢大学教養部論集 人文科学篇30』 1992)が興味深くて好きで。)
この論文は「帝京篇十首」における宮城=帝王の空間の丹念な描写から李世民の皇帝としての気概や自意識を読み解いていて面白かったです
要約(ネタバレ)すると李世民さんは帝王としての意識が高いし封禅もしたい

論文の中で「帝京篇十首」の訳が記載されていたので自分用にメモしました


李世民「帝京篇 十首」

【一】
秦川雄帝宅、函穀壯皇居。綺殿千尋起、離宮百雉餘。
連薨遙接漢、飛觀迥凌虚。雲日隱層闕、風煙出綺疏。

秦川 雄たる帝宅、   函谷 壮たる皇居。
綺殿 千尋起(た)ち、 離宮 百雉余り。
連甍 遥かに漢に接し、 飛観 迥(はる)かに虚を凌ぐ。
雲日 層闕を隠し、   風煙 綺疏を出(いだ)す。


【二】
岩廊罷機務、崇文聊駐輦。玉匣啓龍圖、金繩披鳳篆。
韋編斷仍續、縹帙舒還卷。對此乃淹留、欹案觀墳典。

巌廊1宮廷にある廂のついた廊下。転じて朝廷を指す。 機務を罷(や)め、         崇文 聊(いささ)か筆を駐(とど)む。
玉匣 龍図を啓(ひら)き、        金縄 鳳篆を披(ひら)く。
韋編2書物を綴とじた革紐。転じて書物を指す。 断ちては仍(しばしば)続(つ)ぎ、 縹帙3書物を包んで保護する覆い。転じて書物を指す。 舒(ひろ)げて還(ま)た巻く。
此に対(むか)ひて乃(すなわ)ち淹留し、 案(つくえ)に欹(よ)りて墳典を観る。


【三】
移歩出詞林、停輿欣武宴。雕弓寫明月、駿馬疑流電。
驚雁落虚弦、啼猿悲急箭。閲賞誠多美、於茲乃忘倦。

歩を移して詞林を出(い)で、 輿を停めて 武宴を欣(よろこ)ぶ。
雕弓 明月を寫(うつ)し、  駿馬 疑ふらくは流電かと。
驚雁 虚弦に落とし、     啼猿 急箭に悲しむ。
閲賞して誠に美多し、     茲(ここ)に於いて乃(すなわ)ち倦むを忘る。


【四】
鳴笳臨樂館、眺聽歡芳節。急管韻朱弦、清歌凝白雪。
彩鳳肅來儀、玄鶴紛成列。去茲鄭衛聲、雅音方可悦。

笳を鳴(なら)し樂館に臨み、       眺め聽いて芳節に歡ぶ。
急管4音楽の調子が早い様子。 朱弦を韻し、            清歌 白雪に凝る。
彩鳳 肅みて來儀し、           玄鶴 紛として列を成す。
茲(ここ)に鄭衛5風俗を乱す音楽。鄭と衛の二国の音楽がみだらであったことから(『礼記』楽記による)。の聲(こえ)を去らしめ、 雅音 方(まさ)に悦ぶべし。


【五】
芳辰追逸趣、禁苑信多奇。橋形通漢上、峰勢接雲危。
煙霞交隱映、花鳥自參差。何如肆轍跡、萬裡賞瑤池。

芳辰 逸趣に追い、        禁苑6皇居の庭園。 信(まこと)に奇多し。
橋の形 漢(ぎんが)の上に通じ、 峰の勢ひ 雲に接すほど危(たか)し。
煙霞 交(こも)ごも隱映し、   花鳥 自ら參差たり。
何如に轍跡を肆(つら)ねようと、 萬裡 瑤池を賞(め)でようか。


【六】
飛蓋去芳園、蘭橈遊翠渚。萍間日彩亂、荷處香風舉。
桂楫滿中川、弦歌振長嶼。豈必汾河曲、方為歡宴所。

飛蓋7車がほろを飛ばすように早く駆ける様子。 芳園を去り、           蘭橈8小舟。 翠渚に遊ぶ。
9浮き草。間に日彩乱れ、            荷の處に香風を挙す。
桂楫10桂の木で作った櫂。転じて舟を指す。 中川に満ち、           弦歌 長嶼に振う。
豈に必ずしも汾河の曲(わだ)ならんや、 方(まさ)に歡宴の所と為す。


【七】
落日雙闕昏、回輿九重暮。長煙散初碧、皎月澄輕素。
搴幌玩琴書、開軒引雲霧。斜漢耿層閣、清風搖玉樹。

落日 雙闕11宮門。弓状の形の門。昏く、             輿を回し九重暮る。
長煙 初の碧に散じ、           皎月12明るく輝く月。 輕素に澄む。
幌を搴(かか)げ琴書を玩(もてあそ)び、 軒を開げて雲霧を引く。
斜漢 層閣を耿(て)らし、        清風 玉樹を搖(ゆ)らす。


【八】
歡樂難再逢、芳辰良可惜。玉酒泛雲罍、蘭殽陳綺席。
千鐘合堯禹、百獸諧金石。得志重寸陰、忘懷輕尺璧。

歡樂 再び逢い難く、  芳辰 良(まこと)に惜しむべし。
玉酒 雲罍に泛かび、  蘭殽 綺席に陳(つら)ぬ。
千鐘 堯禹に合い、   百獸 金石に諧(かな)う。
志を得て寸陰を重んじ、 懷を忘れ尺璧を軽んず。


【九】
建章歡賞夕、二八儘妖妍。羅綺昭陽殿、芬芳玳瑁筵。
佩移星正動、扇掩月初圓。無勞上懸圃、即此對神仙。

建章 歓賞の夕べ、           二八13二八…妙齢〔の佳人〕。 尽(ことごと)く妖妍なり。
羅綺あり昭陽の殿、           芬芳あり玳瑁の筵(せき)。
佩(おびだま)移(ゆ)りて星正に動き、 扇 掩(おほ)いて月初めて円(まる)くす。
労して玄圃に上(のぼ)ること無くも、  此に即(つ)きて神仙に対(むか)ふがごとし。


【十】
以茲遊觀極、悠然獨長想。披卷覽前蹤、撫躬尋既往。
望古茅茨約、瞻今蘭殿廣。人道惡高危、虛心戒盈蕩。
奉天竭誠敬、臨民思惠養。納善察忠諫、明科慎刑賞。
六五誠難繼、四三非易仰。廣待淳化敷、方嗣雲亭響。

茲(ここ)を以て游観極まり、      悠然として独り長想す。
巻を披(ひら)きて前蹤を覧(み)、   躬を撫でて既往を尋ぬ。
古の茅茨の約(つづま)やかなるを望み、 今の蘭殿の広きを瞻(み)る。
人道 高危を慮(おもんばか)り、    虚心 盈蕩を誡む。
天を奉じて誠敬を竭(つ)くし、     民に臨みて恵養を思ふ。
善を納(い)れ忠諌を察し、       科を明らかにして刑賞を慎む。
六五14六王(夏禹・商湯・周武王・周成王・周康王・周穆王)と五帝(黄帝・顓頊・帝䆭・帝堯・帝舜)を指す。 誠に継ぎ難く、          四三15四王(夏禹・商湯・周文王・周武王)と三王(夏禹・商湯・周文王)を指す。 仰ぎ易きに非ず。
広く淳化の敷かるるを待ち、       方(あまね)く云亭の響きを嗣(つ)がん。


  • 1
    宮廷にある廂のついた廊下。転じて朝廷を指す。
  • 2
    書物を綴とじた革紐。転じて書物を指す。
  • 3
    書物を包んで保護する覆い。転じて書物を指す。
  • 4
    音楽の調子が早い様子。
  • 5
    風俗を乱す音楽。鄭と衛の二国の音楽がみだらであったことから(『礼記』楽記による)。
  • 6
    皇居の庭園。
  • 7
    車がほろを飛ばすように早く駆ける様子。
  • 8
    小舟。
  • 9
    浮き草。
  • 10
    桂の木で作った櫂。転じて舟を指す。
  • 11
    宮門。弓状の形の門。
  • 12
    明るく輝く月。
  • 13
    二八…妙齢〔の佳人〕。
  • 14
    六王(夏禹・商湯・周武王・周成王・周康王・周穆王)と五帝(黄帝・顓頊・帝䆭・帝堯・帝舜)を指す。
  • 15
    四王(夏禹・商湯・周文王・周武王)と三王(夏禹・商湯・周文王)を指す。