
史料を読む前と後
たぶん李世民、房玄齢、李世勣が一番ギャップあると思う
尉遅敬徳は当初無骨無口なイメージがあったけど今はクール無口な印象です
史料に出てくる敬徳の台詞は大抵理論的で格好いいですね。抱いて(李世民を)

李世勣、尉遅敬徳、秦叔宝、程知節は全員長命
李世民という人間を俯瞰できる人間じゃないと傍にいて長生きできないイメージがあります
そういえば房玄齢も李靖も長命だ
追記にいろいろ
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最完整!昭陵博物馆发现唐代朝服葬佩饰:http://news.cnwest.com/sxxw/a/2020/10/02/19152038.html
昭陵から出土した佩飾(腰に下げる朝服の飾具品)が李勣の副葬品だと考証されたとのこと
保存状態も良く唐朝の礼制を研究する上でも価値があるそうです
李勣は遺言で朝服一式を副葬するよう親族に命じているのだけど、李勣の墓から出土した三梁進徳冠と同様にこれもその一つなのかもしれない
自遇疾、高宗及皇太子送藥,即取服之、家中召醫巫、皆不許入門。子弟固以藥進、勣謂曰我山東一田夫耳、攀附明主、濫居富貴、位極三台、年將八十、豈非命乎。修短必是有期、寧容浪就醫人求活!」竟拒而不進。
忽謂弼曰「我似得小差、可置酒以申宴樂。」於是堂上奏女妓、簷下列子孫。宴罷、謂弼曰「我自量必死、欲與汝一別耳。恐汝悲哭、誑言似差可、未須啼泣、聽我約束。我見房玄齡、杜如晦、高季輔辛苦作得門戶、亦望垂裕後昆、並遭癡兒破家蕩盡。我有如許豚犬、將以付汝、汝可防察、有操行不倫、交遊非類、急即打殺、然後奏知。又見人多埋金玉、亦不須爾。惟以布裝露車、載我棺柩、棺中斂以常服、惟加朝服一副、死倘有知、望著此奉見先帝。明器惟作馬五六匹、下帳用幔皁為頂、白紗為裙、其中著十箇木人、示依古禮芻靈之義、此外一物不用。姬媼已下、有兒女而願住自養者聽之、餘並放出。事畢、汝即移入我堂、撫恤小弱。違我言者、同於戮屍。」此後略不復語、弼等遵行遺言。
(『旧唐書』巻六十七 列伝十七李勣伝)
激アツ!
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同人誌を作り始めました
同人誌と銘打つようなものでもないけど李世民と功臣の立ち絵とプロフィールをまとめた本を作る予定です
自分用に刷るだけでイベントなどで頒布する予定はないのでゆる〜く作っていきます
まあ半年以内には作れるだろうと思います 知らんけど(同人誌作ったことない)
作ったデータはたぶん全部サイトにうpするんで見てやってください
少し前にうpした絵をめちゃめちゃ書き直してるんでいつになるやら…