March 06,2018

年に一度くらいの頻度で描く玄甲軍の装束
参考にしたのは昭陵六駿颯露紫像と『中国古代甲冑図鑑』(アスペクト)です

(左:昭陵六駿颯露紫像 右:章懐太子墓(李賢王墓)壁画)
丘行恭像の矢筒についている飾りがよくわからなくて、李賢墓壁画なんかで見るような貂とかの動物のしっぽかと思ったけど確信が持てなかったので適当に描いてしまった

屈突通と尉遅敬徳の二人しょっちゅうセットで描いてる
ところでこの二人は『旧唐書』太宗本紀の史評でまとめて紹介されています。

臣の文皇帝を観るに、迹(あと)を発すること多奇、聡明神武たり。人物を抜けば則ち党に私せず、志業を負えば則ち咸(みな)その才を尽くす。屈突、尉遅の仇敵によりて心膂を傾けんことを願い、馬周、劉洎の疏遠より卒(つい)に鈞衡を委ねる所以なり。
(『旧唐書』本紀第二太宗)

屈突通は隋の忠臣で、李世民以外が降した降将で、李淵に重任され李世民陣営に入りそのまま李世民派として玄武門に参画という経歴。
尉遅敬徳は隋末に劉武周の配下となり、李世民が直接降した降将で、李世民陣営からそのまま李世民派として玄武門に参画という経歴。
同じ「仇敵」でも対照的な二人ですね。